子供の可能性

年が明けて第一回目の漢字検定に小学生組を参加させると張り切っていた私。

受験前日まで、ずっと気にしてそわそわしていたのは母だけでした。父は、子供が受験させる何かでも、一切興味はないし、励ましもしない人だから、三学期の終わりまでの範囲がわからないせいで(受験させられた。)マイナスの気持ちを作ってほしくない。お金の問題じゃなくって、応援しなくてどうするんだと、私は思います。受けるなら真剣にとか、合格しないといやだとか・・・。やっぱりどこかで湧いてくる思い。それも当然で・・・。
休みの日に勉強させに行くことや、遊びに誘ってきた人もいました。また、長女は毎月ほしがっている雑誌があることで、受験日が発売日でしたから、検定を受けることをたしなめ、怒鳴り自制がきかないことやほしいものへの執着で兄弟とも私とも最悪でした。

夏休みに提出した自由課題の文集が、市の冊子になって到着を待っていること、名前がのること、賞状は佳作でも意味はあるし、だれかと比べることではないこと。子供一人ひとりの作品や、経験が手帳にあって増えること。目標がみつかってめざせることと、忍耐が大事だと思うし、それは言葉で「やりなさい。」というのではなく、次に生かせる何かだと感じてほしかったのです。
長女は安全圏で小4の範囲。真ん中は、10級を受験します。長女が使った埃をかぶった参考書を、2人がお風呂の間に探したり日記にかける前向きな明日を作れるように願っていました。

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